ベトナムのニュースから第9回 信じるベトナム人 

ベトナムのニュースから第9回 信じるベトナム人 

今回は「信じる」をキーワードに、ベトナム人像に迫っていきたい。

[1. ご利益を信じる]

2010年の旧正月明けに話題になったのは、信心の強さから生じたトラブルに関するニュースだ。一つは、ご利益があるとされるお寺に多くの参拝客が押しかけ、国の文化遺産に指定されている貴重な像のいたる部分にお賽銭を乗せてしまい美観を損ねているというもの。もう一つは、あやかりたいという気持ちから縁起物を買い求める人たちについてだ。トゥォイチェー紙(2010年3月1日)が報じたこちらの記事をご紹介しよう。
「幸運や金運をもたらす、魔よけの効果があるなどとされる珍しい縁起物を、多くの人が買い求めに走っている。しかし、驚きの高値がつけられているトラの牙や爪、猫の胎盤などのほとんどが偽物なのだ。

『熊の爪は神聖なもので、昔から魔よけの効果があると信じられてきた』、『猫の胎盤は貴重。商売人はこれさえあれば大繁盛』このような誇張されたうたい文句が、今日の珍品買いブームを生みだしている。
トラの爪、イノシシの牙などを専門に扱っているというN(女性)、Nh(男性)に我々は面会した。彼らはまず小さなトラの爪がついたネックレスを取りだし2,500,000ドン(約11,750円)の値を提示した。もう少し大きいものが欲しいことを我々が示唆すると、Nはそれを見透かしていたかのように『いまは無いんです。でも予約していただければ数日で用意できます』と申し出た。Nhは山岳地方に住んでいると自己紹介し、だから少数民族から買い付けることができる、商品が本物であることは100パーセント保証すると言った。
Nhによれば、数ある商品の中でもトラの爪が一番高値で売れると言う。ネックレスにして魔よけとして子供に身につけさせたがる人が多いからだそうだ。Nhはさらにこう語った。『トラの爪を入手するのが大変になりました。市場に出回っているのはたいていが偽物。そんなにたくさんトラの爪があるわけないですよ・・・』

さらに我々は、『いつも在庫がある』ことで有名な別の業者Cと連絡を取った。数回電話でやり取りした末、Cの扱う商品を持参したTという人物が現れた。『どんなサイズのものでも、欲しければ言ってください。すぐにCが手配しますから。数もいくらでもあります。』商品が本物なのか、そんな大量にどこで仕入れるのかと尋ねると、Tは『それは秘密』と答えた。

トラの牙だと言って売っているものでも、イノシシや熊の牙であったり、石膏製のものまで流通しているのが現状だ。

民俗学の研究家によると、トラの牙や爪、イノシシの牙を身につけるのは一部の少数民族の習慣に由来するとのことだ。猫の胎盤に関しては、昔の人は幸運を呼び込むと信じていた。しかし猫は通常、出産直後に胎盤を食べてしまうもの。そのため猫の胎盤とされている商品が本物だということを証明するのは難しい、と語った。」

この記事には、こちらに載せるのがはばかられるような動物の奇形胎児の写真も添えられていた。こういう商品も、病気を治す、魔よけの効果があるなどと信じ、多くの人が買いに来るとのことだ。

[2. 幽霊、怖い話を信じる]

ホーチミン市の西隣、ロンアン省の工業団地にある工場で、100人の女性工場労働者が失神したというニュースが報道された(2010年2月4日各紙)。そのきっかけは、「トイレに、幽霊が!」と言って一人の女性工員が倒れたこと。それを見た他の工員さんたちが次々と失神し、総勢100名にのぼったというのだ。

日本ではあまり目にしないこの「集団失神」のニュースは、ベトナムでよく報道される。倒れるのはほとんどが若い女性で、学生や工場労働者だ。例えば、ロンアン省で、学生だけを狙って血を吸う幽霊が出るといううわさが広まり、50人以上の女生徒が失神。ヴィンロン省で、大蛇が襲ってくるといううわさを聞いて15人の中学生が失神(このニュースの写真には男子学生の姿も)するなど。
(工場労働者の貧しい食事内容を伝える記事、2010年3月12日トゥォイチェー紙)

(工場労働者の貧しい食事内容を伝える記事、2010年3月12日トゥォイチェー紙)

ただ、ベトナムで頻繁に起きるこのような集団失神は、幽霊だけが原因ではない。食事にウジ虫が入っているのを見て失神するとか、工場に運び込まれる材料の薬品の影響で失神するというニュースもある。失神の背景には「慢性的な栄養不足、過労」があるというベトナム人も。工場労働者は、野菜やたんぱく質が不足した実質5,000ドン(約23円)ほどの価値しかない食事を食べながら、肉体を使った長時間労働に従事している。工場によっては交代で夜勤を行う不規則な労働時間に耐えなければならない。その上、狭い場所に大人数がひしめいている。こういった条件が集団ヒステリーを起こしやすくしているのではないかという意見だ。

次に、タンニェン紙(2010年3月18日)が報道した、ベトナムの南端カーマウ省で起きた話をご紹介しよう。
「発信源が不明だが、カーマウ省ではあるうわさが異常な勢いで広まっている。81歳の老人が、亡くなった数日後に生き返りお告げを下したというのだ。その内容は、『ウシ年、ウマ年生まれの人間は直ちに“薬”を飲まないと、今年中にトラに襲われるだろう。その“薬”は、男であれば7切れの生姜、7切れのバナナをココナツジュースで煮出したもので、それを7回飲むこと。女であれば9切れずつを煮出し、9回飲むこと。飲まない者は死ぬ』というものだ。

生姜、バナナ、ココナツを両手に抱えていたガンさんは、インタビューにこう答えた。『知り合いの法事の席でその話を聞いたんです。うちの子供や孫たちにもウシ、ウマ年生まれがかなりいるんですよ、それで市場に行って買って来ました。ここ数日、心配で眠れませんでした・・・』
このうわさを聞いて人々が生姜、バナナ、ココナツを買いに走った結果、それぞれ急激に値上がりし(例:生姜は通常の3倍の価格に)、売り切れる店が続出している。カーマウ市の役員は、科学的根拠のないデマを信じないようにと人々に呼び掛け、情報を流したものを見つけたら処罰すると話した。」

[3. うわさを信じるわけ]

(2008年8月30日のガソリン価格)

(2008年8月30日のガソリン価格)


人々の間で様々なうわさが流れる国である。2008年に発生した、うわさから始まった二つの騒動についてお伝えしたいと思う。

2008年8月5日、ホーチミン市各所のガソリンスタンドに、バイクが大挙して押し寄せる事態が起きた。その騒ぎのきっかけとなったのは「ガソリンの値段が一リットル当たり19,000ドンから25,000ドンに上がるらしい」といううわさだ。ガソリンを買いに来た人のインタビューのほとんどが、「知り合いから値上げのうわさを聞いてあわてて来ました」という内容。満タンにしたうえで、さらに家から持ってきた20リットル入りの容器にも入れて帰ろうという人もいたようだ。

この日の様子を聞くと、某日系会社では昼ごろからベトナム人スタッフが落ち着きなくざわつき始めたそうだ。見かねた日本人スタッフが事実関係を確かめるよう頼んだところ、ベトナム人女性スタッフは会社専属の運転手に電話をかけ「今ガソリンの値段はどう?」と始めた会話を「だから今日中にガソリン入れておきなさいよ!」としめくくったそうだ。ここにうわさが広まっていくしくみが垣間見られる。
2008年4月には米騒動があった。市場から米が不足するといううわさが広まり、人々が米を買いに走った。結果、大きなスーパーの店頭から米が無くなったことが報道され、混乱に拍車をかけた。ホーチミン市のある市場では7,000ドン/kgだった種類の米が一日で17,000ドン/kgまで値上がりした。値上げ後に売ろうという魂胆から、在庫を売り渋る米業者も出た。その翌日、首相は「米は十分にある。買いだめに走らないように。投機的な目的で故意に値を吊り上げたり売り渋っている組織は処罰する」と発表した。

このように、うわさが流れ、人々の間で混乱が起き、人民を落ち着かせるための「うわさ否定ニュース」を政府が流す。これは、ベトナムのニュースにおいての名物パターンと言ってもいいだろう。

なぜそんなにうわさを信じるのかベトナム人に聞くと、それにはきちんとした理由があるという答えが返ってきた。というのも、うわさが広まり、それが実際に正しかったことが今までに何度もあったからだそうだ。一つの例が、ガソリンの値段に関して同じような値上げのうわさが広まった時のこと。政府は一度そのうわさを否定したうえで、その数日後になんと値上げを実行したそうだ。
そうなると、政府の発表より友達や親戚づてに聞いたことをとりあえず信じておこうと思うのは自然なことなのかもしれない。ベトナム人にとっての「うわさ」は、新聞やテレビと同じぐらいの信頼度をもつマスメディアの一つだと言えるだろう。

[4. まとめ:今そこにある不安]

インド、エジプトに並ぶ「世界三大ぼったくり国」とも言われるベトナム。旅行者の皆様はいかにカモにされずに済むかとヤキモキすることも多いのではないだろうか。しかし、これは主に観光客相手の人たちが作り上げた悪評にすぎない。普通のベトナム人には純朴で信じやすい面があることを、頭の片隅にでも置いておいていただけたら幸いに思う。

1975年以前、人々は戦時下の不安から様々な迷信を信じていたそうだ。例えば、少し形が変わった冬瓜が収穫されただけで大勢の人が拝みに来た、ある橋の下には機嫌を損ねると橋を落とし人肉を食らう神様がいるから粗相のないように気をつけていた、ほとんどの子供が魔よけのお守りとしてニンニクを持たせられていた、等など。ここ数年、何かにすがろうとする傾向が再び復活しているという。社会、経済の混乱の中、人々の心が弱ってきていることの表れではないだろうか。
幽霊について身近な例を挙げると、ある大学院課程の女性(20代後半)が、暗い大教室の中に入るのを「幽霊がいそうで嫌だ」とためらっていたのを思い出す。またある日系企業では、ベトナム人スタッフ(30代女性)の日本出張に際し一人部屋を手配したところ、「一人部屋はやめてほしい、幽霊が怖いので」と本気で言われ、手配し直したそうだ。ただ、幽霊を怖がるわりには自殺現場を見に行く好奇心もあるようで・・・。ベトナム人を把握するにはさらなる調査が必要だ。
[参照]
Thanh Nien紙 2010年3月18日付
Tuoi Tre紙 2010年3月5日、3月1日、2月20日、2月5日、2008年8月6日、4月28日、4月17日付



上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

記事登録日:2010-03-26

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