「ベトナムのニュースから」第7回:ベトナムの教育事情 ~親心と英語熱~

「ベトナムのニュースから」第7回:ベトナムの教育事情 ~親心と英語熱~

[1. つめこみ教育によるストレス]

若者人口が多いここベトナムの教育事情はどうなっているのだろうか。地元紙の教育面でよく取り上げられているのは、つめこみ教育の問題だ。知識の暗記を主体に置き、テストの点を重視する。覚える知識の量が多すぎて、学生の負担になっているというものだ。

<親の期待に応えたいあまり健康を害する学生も>

<親の期待に応えたいあまり健康を害する学生も>

つめこみ教育は幼稚園にまで及んでいる。二児の母であるトゥイチャンさんは地元紙にこんな意見を寄せた。

「上の子は、文字の読み書きを幼稚園で教わりました。お迎えの時、壁に貼られたアルファベットの文字を全部正しく読むまで帰れない姿や、毎晩のように宿題をしている姿を見て心が痛みました。確かに娘が一年生になった時、すでに一年生で習うことはほぼ学習済みでしたので、授業内容は全く負担にならないようでした。でも、幼稚園というのは遊ばせたり絵を描かせたりする場所だと思うのです。あの幼稚園時代はかわいそうだったと思います。
下の子が幼稚園の時には、『幼稚園で文字の読み書きを学ばせてはいけない』という規定が施行されていたので安心しました。母や姉たちには『小学校に入れる前に読み書きを勉強させた方がいい』と言われましたが、私はガンとして聞き入れず、下の子をのびのびと遊ばせていました。ですので、小学校に入る時、下の子は2、3の文字しか知りませんでした。それから辛い日々が始まりました。書くのが遅い、文字が汚いと学校の先生に言われて帰ってくる。友達には文字を書くのが遅いと言って笑われる。私も先生に『小学校に上がる前に文字を学ばせなかったのがいけないんです』とハッキリ言われてしまいました。」
<幼稚園>

<幼稚園>

<トゥイチャンさんの投稿記事のタイトルは「学ばせるのも、学ばせないのもつらい」>

<トゥイチャンさんの投稿記事のタイトルは「学ばせるのも、学ばせないのもつらい」>

つめこむべきか、否か。保護者たちの悩みどころになっている。「つめこむ」と言えば、ここ数年報道されているのが、子供にたくさんの習い事をさせる傾向だ。学習塾、ピアノ、踊りなど、一日に複数の習いごとをかけもちさせる親までいるようだ。子供の将来に期待する親心からだろうが、忙しいスケジュールにストレスを抱えこむ子供たちが増え、社会問題となっている。

また、教育方法の問題として、一方通行の授業、先生の望む答えしか言えないクラスの雰囲気、理論をつめこむばかりで実践・応用を教えないことについてもよく報道されている。

[2.わが子に英語を学ばせたい]

そんな従来の教育方法に疑問を持つ保護者たちが、子供をインターナショナルスクールに通わせるという現象が起きはじめている。サイゴンティェップティ紙に特集された記事には(2009年10月27日~11月1日付)、当事者である保護者たちの意見が掲載されていた。
ファンヴィェットさん:「学費は高いが、それだけの価値がある。生徒主体の学習方法で学ぶことができるし、ネイティブの先生による授業のおかげで英語も早く上達する。」

ユーンヴァンティェンさん:「共働きで忙しく、子供を塾へ送り迎えするのが大変だった。小学2年生の時にインターナショナルスクールに転校させてから、負担がぐっと軽くなった。テスト期間が来るたびに子供の学業の心配をするということがなくなった。」

ランさん:「ひとクラスに生徒が20人までという環境で、先生の目が行き届いている。生徒たちもリラックスして授業を受けているようだ。一番いい点は、少なくとも小学校高学年までは宿題が出ないということ。」
<英語学校、留学に関する広告> 

<英語学校、留学に関する広告> 

同紙はインターナショナルスクールの魅力をこうまとめていた。まず、宿題が出ない(または少ない)、無理に知識をつめこまれないことから、学習量の面で生徒の負担が軽いこと。次に、生徒の自由な発想を促しその意見を尊重する先生の態度や、教科書通りではない授業内容により、精神的な面で生徒の負担が少ないこと(これにより学習に対するモチベーションも高まる)。そして、生徒の各種才能(音楽、絵画、踊り、スポーツ、コンピュータ)を伸ばすことができること、中でも英語(外国語)の能力を伸ばすことで将来留学に行かせる際の準備ができること、このような点に保護者たちは魅力を感じているようだ。
<英語学校、留学に関する広告> 

<英語学校、留学に関する広告> 

学費は実際どれだけ高いのだろうか。同紙が伝えるところによると、私立のインターナショナルスクールでは月4,500,000~10,000,000ベトナムドン(約2万1千~4万7千円/月、2009年11月現在)、海外の学校と提携しているインターナショナルスクールになると、年間の学費でおよそ6,000ドル~10,000ドル(約54万~90万円/年)だそうだ。ベトナム人の一人当たりの平均年収が1,024ドル(約9万円、2008年度)なので、(注1)余裕のあるご家庭の一部の保護者がいかに高い金額を子供につぎ込んでいるかが分かるだろう。

この傾向に応じて「インターナショナル」と名前を付ける学校も急増している。インターナショナルスクールだけでなく、放課後に英語学校に通う学生もまた多い。大学生は就職に有利とTOEIC、TOEFLの勉強にいそしんでいる。店内では英語のみで会話、という英語交流カフェに足しげく通う学生たちの姿も報道された。

[3.英語ばかり使わないで!]

<英語学校は街のいたる所に> <英語学校は街のいたる所に>

<英語学校は街のいたる所に>

こうして英語熱が高まる中、地元紙最大手のトゥォイチェー紙に波紋が投げかけられた。見出しは「ベトナム語はどこへ?」(2009年10月28日付)。筆者であるミンロンさんの主張はこうだ。

「最近必要のないところにまで英語を使いすぎです。ハノイやホーチミン市の看板を見ていると、どこの外国に来たかと思ってしまいます。また、ベトナム人向けのある商品を見たら、英語で使用方法が書いてありました。誰が理解できるというのでしょう?わが国で75%以上を占めるのは農民です。ベトナム人がベトナム語の価値を大切にしないで誰が大切にしてくれるというのですか。」

この記事に添えられたのは、外国語を使った看板の写真だ。英語とフランス語が混じっている「Wish you bon voyage!」(良い旅を!)、ベトナム人が一番迷惑を被るはずなのになぜか英語で書かれた「Sorry for any inconvenience caused.」(ご迷惑をかけて申し訳ありません)、店先に掲げられた「SALE RUN…!」(セール、走れ?) など。
<ミンロンさんの記事に添えられた写真>

<ミンロンさんの記事に添えられた写真>

翌日から反響が始まった。
「テレビにも英語があふれています。あるテレビ局の番組名が『スタイル&スター』、『ホットミュージック』、『ティーンスポーツ』、『イェー1カウントダウン』・・・。まるで外国の放送局みたいです。」
<雑誌「YEAH1 TEEN」。中にも横文字が多く使用されている。>

<雑誌「YEAH1 TEEN」。中にも横文字が多く使用されている。>

「新聞やラジオで『クール!』『キュート!』『ホット!』などの言葉が連発されていて悲しくなります。『君を失った ビコーズ アイ アム ストゥーピッド』(君を失った 僕がばかだったから)なんていう歌のタイトルまで。」先だって10月初旬に「タイトルが英語なのに歌詞の内容が全くのベトナム語である歌」や、「ベトナム人なのに外国人のような名前をつけている歌手」についても、連日非難されていた。

ミンロンさんの記事が掲載されてからわずか二日後には、反響の数が100近くに上ったこととともに、新しい投稿が紹介された。新聞社まで巻き込んだのがこの意見だ。

「テレビだけではありません。新聞だってそうです。この新聞には『パラボラ文芸』という紙面がありますが、『パラボラ』という言葉で何を言いたいのでしょうか。数学の放物線のことでしょうか(注2)?分かりづらいことこの上ありません。」この投稿記事の最後にトゥォイチェー紙は「次から紙面の名前を変更します」というコメントを掲載。大手新聞社の素早い対応だった。
<外国語を熱心に学ぶ若者>

<外国語を熱心に学ぶ若者>

当事者の若者からは「気にしすぎなのでは?」、「国際化のために必要」という意見が多く寄せられ、またある外国人の若者からは「気にしすぎだと思う。ただ英語の単語を知っているのにそれをベトナム語で説明できない若者もいる。そこが問題だと思う。」という意見が寄せられた。つまり、該当するベトナム語があるのにあえて英語を使うこと、またそれがカッコつけるためだけに使われている場合に、「西洋化!」と批判されるようだ。

[4.考察:日本の昔を見るよう]

子供をインターナショナルスクールに入れたがるベトナム人のご両親には、お受験で私立に入れたがる日本の親御さんの姿が、また母国語の衰退をなげく姿にはカタカナ語の乱用の見直しが叫ばれた数年前の日本の姿が重なる。歌に英語を使うことに関しては、まるで話に聞くグループサウンズの流行に西洋化をなげいた時代の話のようだ。
<路上の雑誌・新聞屋さん>

<路上の雑誌・新聞屋さん>

この写真には70ほどの雑誌が写っているのだが、外来語由来のタイトルは数えてみたら10ほどしかなかった。日本の雑誌はカタカナか横文字が主流で、日本語のタイトルをつける方が逆に新しいというぐらいのものだと思うが、どうだろうか。ここにもまた昔の日本の姿を見るような気がする。
<ベトナム語だけより>

<ベトナム語だけより>

<英語が添えてあった方が>

<英語が添えてあった方が>

<漢字の方が分かりやすいか>

<漢字の方が分かりやすいか>

ベトナムを訪れる外国人にとって、街中の看板の英語表記はハッキリ言って大変助かることだ。ホーチミン市で言うと、観光スポットや外国人が泊まるホテルで、英語が話せる人がいなくて困ることはあまりない。こちらがベトナム語で話しても答えが英語で返ってくるほどのサービス精神がここにはある。旅行者の皆さまはそんなに心配なさらぬよう。



[参照]
Tuoi Tre紙 2009年11月1日、10月28日、10月6日、8月18日、4月11日、4月3日付
Sai Gon Tiep Thi紙2009年10月27日、10月29日、11月1日付
Thanh Nien紙 2009年4月24日付

(注1)正確には「一人当たり年収(per capita income)」。

(注2)元は「Parabol Van Nghe」。数学でPrabolaの意味は放物線。トゥォイチェー紙はこの紙面で芸能に関する様々なことを紹介しており、「芸能アンテナ」のような意味で使っていたと思われる。



 

上記の記事は取材時点の情報を元に作成しています。スポット(お店)の都合や現地事情により、現在とは記事の内容が異なる可能性がありますので、ご了承ください。

記事登録日:2009-11-17

ページTOPへ▲

その他の記事を見る